最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

きみの夢を見たんだ

ピクシブにアップした後、サイトにもアップしたはずなのに、なぜか下書きのままでした(涙)
気づくのに、一週間もかかるってどうなの?;;

…大変失礼いたしました。
アニメ最終話後のお話です。よかったら読んでやってくださいませv
(ネズミ視点のお話もぼちぼち書いております)
6巻のドラマCDの内容がややネタバレとなってますのでご注意くださいませ。













冬の真夜中のベランダは、息まで凍りつくようだった。
その隅に毛布を被って坐り込み、紫苑は夜空を見上げ、ただ時を待っていた。
今宵は明け方流星群が見られると、職場の昼休みに偶然耳にしたニュースで知った。
流星群なんて、今まで興味はあっても、見ようという気にもならなかったけれど。
どうせ、眠れないのだ。
ならば、明け方までベッドの中で欝々と寝返りをうつより、NO.6では滅多に見られることのない天体ショーを堪能する方が断然良い。そう考えた。


凍てつく冬の空を見上げ、熱いココアを冷えた胃に流し込む。
白い湯気と紫苑の息が、夜の大気に溶け込んでいく。
ココアの甘さが、少し胸に切なかった。


それにしても、星を見るなんて、いったいどれぐらい振りだろう。
西ブロックで、はじめて夜の道をネズミと歩いた時、空に広がる星々のあまりの多さに驚いて、ぽかんと大口をあけて天を仰いでいたら。
とんでもないばかヅラだなあんた、と笑われたりしたけれど。
壁が崩壊して、この都市に戻ってからは、そんな心の余裕さえなかった気がする。
それどころか、日々の仕事に忙殺されて、食事も睡眠もろくに取れなかった。
自分が疲れている事にさえ、気付かなかった。
やっと自覚し始めたのは、つい最近のことだ。
まったく、鈍感にも程がある。
今はもう、日々、微笑みを保っているのがやっとだ。
我ながら、何というか、情けない。 


まったくこれだから、真面目で良い子のお坊っちゃんのやることといったら。
ひ弱なくせに、程々にしておくっていう器用さもないんだな。
…なんて。
きみなら、呆れた顔で言うんだろうな。


皮肉めいた口調で言いながら、それでも心配してくれる彼の遠回しなやさしさを思い出して、紫苑がふっと笑む。
不意に、腕を掴まれた時の痛い程の力強さを思い出した。
もう3年も前のことなのに、感覚はまだはっきりと思い出せる。
辿るように、同じ場所を自分の手で掴んでみた。目を閉じる。


強く腕を掴んで、しっかりしろ、あんたと、怒鳴りつけて欲しい。
弱気を見抜いて、何をやってる、顔をあげろと叱って欲しい。


(……ネズミ…)


心の中で呼びかける。
恋しい名に、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。



どうしてかな。
今夜は、だめだね。
こんな風に、星なんか見ているからかな。
センチメンタルに浸ってるのかな。

きみが恋しい。
いつも以上に、きみが恋しいよ。



星空を見上げ、ぎゅっと両手で膝を抱える。
今頃どうしているだろう。
どこで、どんな空を見ているんだろう。
だれと。



ネズミ。
きみがいなくなって、3度目の冬だ。
時の経つのは早いね。
壁がなくなって、もうそんなになる。
だけど、実際はやっとこれからだ。ここからがスタートだ。
どうにか混乱が収まって、人々が落ちつき、生活を取り戻しつつある。
たったそれだけに3年だって?亀の歩みの方がよっぽど早いぜ、ときみは笑うかもしれないけれど。
問題はまさに山積状態で、昼夜構わず休む間も惜しんでフル稼動しても、これがせいいっぱいだった。
肉体的にも精神的にも、かなりハードな日々だったよ。
もちろん、その分やりがいはあったし、壁がなくなった都市や、人々が、少しずつ変化していくさまを目のあたりにするのは楽しくもあった。
ぼくたちがしたことに、確かに意味があったんだと、そう思えた。
それをきみと一緒に見られたら、もっと良かったんだけれど。


母さんも皆も、変わらず元気だよ。
母さんは、壁がなくなってパンを買いにくるお客さんが増えたから、以前よりさらに忙しくなったって、張り切って毎日楽しそうにパンを焼いてる。
どうやら、ラッチビル新聞の宣伝効果もあるみたいだけどね。
あ、力河さんは、ラッチビル新聞を復活させたんだ。
今ではロストタウンでも読めるようになった。
そういえば、この前、新都市再建委員会のメンバーの一人として、力河さんにインタビューされたんだ。
なんて言っても、力河さんの目的はやっぱりぼくより母さんらしくて、ついでに店の取材とか言いながら、ぼくの写真よりも、ちゃっかり母さんの写真をいっぱい撮ってほくほくして帰って行った。
まったく、力河さんらしいよね。
昔とちっとも変わってないのねって、母さん、笑ってた。
そうだ。イヌカシのホテルでも、母さんのパンの販売をしてくれるようになったんだ。
おかげで毎朝パンを取りに来るイヌカシと顔を合わせるようになって、ぼくとしては嬉しい限りなんだけど。
金になるし、うまいパンがただで食えるし、それはいいんだけどなぁ、火藍がネズミの話を聞かせろってうるさくて困る、そんなのお前に聞いたらいいじゃねえか、なあ?紫苑って、イヌカシに言われたよ。
そうだね。ぼくが話して聞かせられたらいいんだけど。

まだ。
うまく話せないんだ、きみのこと。

うまく、言葉にできない。
できごとのすべてを、きみのことを、きみへの想いを、まだ言葉にして誰かに話せる自信がない。
過去のことのように、語るのがつらい。
きみを過去のことにしてしまうのがつらい。
きみの名を誰かが口にするだけで、今でもひどく感情が揺さぶられる。
自分で口にしたら、きっと泣いてしまいそうになるだろう。


おかしいね。
穏やかに時が流れている。
その中で、ぼくだけが置き去りだ。


都市が、人々が、ゆっくりと歩みをはじめている中で、その中心の一人とならなければいけないぼくが、ぼくだけが一人、置き去りになってる。
3年の時が経ってもまだ、こんなにきみが恋しい。
きみがそばにいないことが、こんなにも苦しくて淋しい。


薄く微笑んで、紫苑が手の中のカップを見つめる。
温もりはもう、消えていた。
一口飲んで、眉を寄せた。
ココアはもう、冷めてしまっていた。
冷たくなってしまったココアの甘さが、微かな苦味が、胸に染みて、かなしい。
出逢った夜に一緒に飲んだココアの糖度も温度も、まだはっきりと思い出せるのに。



きみがいない。
どこにもいない。


甘ったれだね、本当に、ぼくは。
いくつになっても、きみに甘えてる。


自身の心の呟きに、笑おうとして笑えず、きゅっと唇を噛み締める。
眦が、微かに赤みを帯びる。
ずっと、涙は堪えてきた。
一度泣いてしまったら、自分のすべてがなし崩しになるようで怖かった。
自分が保てなくなりそうで。
そうしているうちに、泣くことも上手に出来なくなってしまった。


やれやれ。
きみに言われるまでもなく、無器用で嫌になるよ。自分でも。


紫苑はカップを置くと、凍えた自分の身体を自らあたためるように、深く毛布を被って身を丸め、膝を抱えた。
立てた膝の上に、頬を置く。
小さく溜息をついた。
吐く息が白い。
流れ星なんてもういいから、部屋に戻って、眠れないまでもベッドで朝まで過ごそうか。
ここよりは温かいし。
視線を落とし、ゆっくりと瞼を閉じかける。
もしかしたら、今夜は睡魔が訪れてくれるかもしれない。
いつもより瞼が重く感じる。
いっそ、ここでこのまま眠ってしまおうか。
いや、待て。
ここで眠り込んでしまったら、さすがにまずいんじゃないか?
この寒さの中、こんなところで寝てしまったら。
朝になったら、きっと大変なことになってる。
思い、閉じかけた瞳をぼんやりと薄く開き、そして、はっとなった。
視界の隅で、光が流れたのだ。
慌てて顔を上げ、空を仰ぐ。



「うわ…」


見上げて、思わず息を飲んだ。
予測時間より、まだかなり早いけれど。
星が、夜空を流れ出したのだ。
光の尾を引いて。次々と。


「――すごい…」


紫苑が天を仰いで感嘆の溜息を漏らした。
言葉もなく、ただ一心に流星を見つめる。
儚く、だのに、流れる瞬間は、光をはじくように、強く輝いて。
燃えて、燃え尽きて、消えていく。
まるで、誰かの想いのように。
命のように。


魅せられたように、ただただ星の流れる美しい空を見上げていた紫苑の瞳が、やがて、大事なことを思い出したかのように、はたと数度瞬いた。


見とれている場合じゃない。
そうだ、そうだった。
願いごと、願いごと。
願いごとをしようと思ってたんだ。

『流れ星に願いごとって、紫苑、おまえ子供かよ』って、きっとイヌカシあたりは呆れて笑うんだろうけど。
それでもいいんだ。
星に願いをかける。
流れ出した星が消えてしまうまでに、3度。
願いごとを、3回唱えられれば。
願いが叶う。
誰が言い出したのか知らないけれど、お伽話みたいなことだけれど。
それで、いいんだ。叶うっていうのなら。
試してみるのも悪くない。
呪文のように口の中で唱える。




きみに会えますように、きみに…
うわ、もう消えた。
早いよ。
もう少し待ってくれ。




よし、今度こそ。
きみに会えま……
うそ、もう消えただなんて。




きみに、って
ちょっと、待って。
また、きみしか言ってない。




流れ星って、こんなに消えるの早いんだっけ?
まさか、今夜の流星群は特別流れるのが早いとか、そんなことないよな。




くそ、次こそは。
きみに会えますように、会えますよう…
ああ、もうちょっとだったのに!




あぁ、もっと流れて、早く!
たくさん流れて、
もっと願いごとをぼくにさせて。




きみに会えますように、会えま…
また、駄目か。





落胆しながら、瞳が、それでも新たな流星を夜空に探す。
どこだ、どこに流れる。次はどこ?
そんな自分の懸命さが、滑稽だ。
いったいこんなことをして何になるんだろう。何に縋ろうとしてるんだろう。
ばかみたいだ。わかってる。でも、いいんだ。
笑われたっていいんだ。馬鹿にされたっていい。
こうでもしていないと、ぼくは。
…ぼくは。



せつなさに胸が押し潰されそうになる。
きみがいない痛みで、息ができなくなる。



本当にぼくはだめだね。
悔やんでいる。
今になって、悔やんでいる。
黙って、きみを見送ったこと。
行き先も聞かずに、ただ見送ってしまったこと。
あんたなら大丈夫だと励まされて、微笑まれて。
ぼくがやらなきゃ、と思った。
沙布の想いを、決意を、無駄にしたくなかった。
きみの期待を裏切りたくなかった。
だけど。
どうして肯いてしまったんだろう。あんなに強く。
もうきみが必要じゃないみたいに、きみがそばにいなくても一人で立っていられるみたいに。

泣いたらよかった、縋ったらよかった。
かっこ悪くても、女々しくても、
どれだけ引き止めても、それでもきっときみは行ってしまうんだろうけど、それでも、言えばよかった。

傍にいてほしい。
一緒に生きたい。
きみがいなくちゃ嫌だ。
きみがそばにいないと、ぼくはちっとも大丈夫じゃない。
ぼくは、まだそれほどに、ひ弱で、やっと自分の足で立ち上がったばかりの赤ん坊のような、頼りない存在なんだ。



誰にも漏らしたことのない泣きごとを、本音を胸で落とす。
唇を噛み締める。






泣いちゃいけない。
まだ泣くな。
がんばれ。






自分で自分を励ますように、ぐっと力を込めて自分の腕を掴む。
睨むように、顔を上げた。





願いごとが長すぎるのかな。もっと短くしたらいいのかな。
よし、じゃあ。







きみに会いたい、

きみに会いたい

会いたい、

きみに会いたい

きみに……





流れ星が消えても、願いはそのまま口にし続けた。
星が消えても、願いが消えることはない。
だから。
願い続ける。
何度でも。






きみに会いたい、

きみに会いたい、

きみに………








「会いたいよ、ネズミ……」





声に出した途端、自然と涙がこぼれた。
こらえようとして、肩が震える。嗚咽が漏れた。
今までずっと一人で抱え込んでいた想いが、我慢していた想いが、止められず、溢れ出す。




「会いたいよ、きみに、会いたいんだ! 会いたいよ、ネズミ…!」




最後は、叫びのようだった。
紫苑が、胸の痛みに耐えるように身を丸め、奥歯を食いしばり、全身で泣きじゃくる。
あとからあとから瞳を溢れて流れてくる涙が、ぽたぽたと冷たいコンクリートの上に落ちた。
こんな風に声を出して泣いてたら、母さんが驚いて起きてきてしまう。
だめだ、どうにかしなくちゃ、止めなくちゃ。
だけど、どうにもならない。
止められない。
懸命に、涙を止めようと、しゃくり上げながら、紫苑が息を詰める。
息が苦しい。身体が震える。喉が熱い。胸が痛い。
苦しさのあまり、上体を起こしたその時。




「―――…っ」




突然、背後から、ふわりと目隠しをされた。





(……えっ)





紫苑の唇が震える。
驚きのあまり、声にならない。
言葉にならない。
ただ、全身ががくがくと震えた。
目隠しをされた温かな掌の中で、大きく見開いた瞳から、また新たな涙がこぼれ出した。







「まったく、あんたは…」






心底困ったような、参ったというような声が、耳の傍で聞こえた。
1秒だって忘れたことのない、懐かしい声。
背中にある、温かな気配。
顔が歪む。
胸がつまって、呼吸の仕方がわからない。
ますます、唇は震えた。
声が出ない。
もどかしい。
やっとの想いで絞り出した声は、ひどくふるえ、上擦っていた。


「ネ、ズ…」


「動くな…」
初めて出逢った夜と同じ言葉を、ひどく甘く口にして、目隠しを解かれる。
だが、振り返ろうとした紫苑の頭から、視界を遮るように、素早く毛布が被せられた。
何をと抗う間もなく、背後から毛布ごと抱き竦められる。
息が止まりそうなほど、痛いほどの力で強く抱きしめられた。


「ネ、ズミ…?」
「ああ」
「ネズミ…」
「ああ」
「どう、して…」


声が震える。
初めて知った。
感情の揺れが、波があまりに大きく激しいと、人の身体はこんな風に震えるものなのだ。
言葉もろくに紡げなくなるくらいに。
過去に生態学を学んだけれど、こんなことは誰も教えてくれなかった。




きみはずるい。
そして、ひどい。
突然すぎて、言葉が出てこない。
涙しか、出てこない。





「…顔を」
「ん?」
「顔を、見せてくれ」
毛布の中で、ネズミの腕の中で、紫苑が藻掻くように上体を身じろがせる。
「顔を、見せて、ネズミ」
涙声が懇願する。
ずっと焦がれていたのだ。
知りたかった。
どんな顔になったのか、髪型になったのか。背は伸びたか。肩幅は。手足はどうだろう。
会えなかった時間が、どんな風な変化をネズミに齏したのか、それが知りたかった。
「それは駄目だ」
あっさりと拒絶されて、びくりとする。
「どうして? まさか、怪我でもしているのか? それならぼくが」
懸命な紫苑の言葉に、だが、肩透かしのような含み笑いが返された。
「違う。あんたに手当てしてもらうような怪我は、残念だがしていない」
確かに、初めて会った夜のあんな怪我を、そんなに度々していたのでは、命がいくつあっても足りはしない。
「大丈夫なのか、本当に?」
「ああ、いたって健康だ」
「だったら、どうして」
問い詰める言葉に、なぜか苦笑と嘆息が漏らされた。
そんなに変わってしまったというのか? 顔を見せられないほど。
紫苑の胸に不安が過る。
だが、返ってきたネズミの言葉に、そんな不安はあっさり一掃された。
「いきなり顔なんか見せて、あんたに卒倒されちゃ困るからな」
「えっ…?」
どういう意味だ?
怪我もしていないと言うし。まさか整形したとか。
いや、だからといって、そんなことで卒倒したりはしない。
しばし、考える。
「まさか。きみが良い男過ぎて、ぼくが卒倒するんじゃないかって? 心配してくれてる?」
「まあ、そういうことだ」
「……」
もしかして笑うところだろうか?と、紫苑が真剣に考える。
職場の同僚たちにも、紫苑は天然だから笑いのツボが人と違うと、よくからかわれるけれど。
「…そんな冗談が言えるようになったんだ」
「まさか。おれは至って本気さ」
「そこまで言うんなら。卒倒するほど良い男をぼくも見たい」
「いいのか。高くつくぜ」
「…ローンで良い?」
「仕方ない。あんただからな、特別だ」
特別、という言葉にどきりとしながらも、紫苑がせっつくように手を伸ばし、毛布の端を探した。
「早くしてくれ、息が苦しい」
「わかった、まあ待て、そう焦るな」
そうは言われても、この僅かな間に、流れ星のようにもしきみが消えてしまったら。
そんな怯えが、紫苑をつい焦らせる。
無造作に毛布を掻き分けると、ふいに小さな隙間から星空が覗いた。そこから手を出す。
と同時に、紫苑の手首がぐっと強い力で掴まれた。
引き出されるように、くるまれた毛布の中から紫苑の上体が開放される。
あたたかな暗闇から、凍てつく星空の下へと引き出され、自然と身体が震えた。
が、そんな感覚もすぐに消えた。
「ネズミ……」
緋色の瞳が、目前に接近してきた濃灰色の美しい瞳に、限界まで大きく見開かれる。
さすがに卒倒には至らなかったが、束の間、声も出ず、言葉もなく、ただ見惚れた。
顔つきがやや大人びた。身体つきも少し逞しくなった。
何より、ずっと焦がれ続けていた、夜明け間際の空の色をした瞳が、間近で紫苑を映している。
「…ネ、ズミ」
呼ぶ声が涙声になる。
別れた時と寸分変わらない、あたたかな濃灰色の瞳が紫苑を見つめ、細められた。
「…紫苑」
「ネズミ、だ」
恐る恐るというように、紫苑が呼んで手を伸ばす。まだ震えが止まらない。
指先を、ネズミの頬へとそっと伸べた。

ふれられるだろうか?
消えたりしないだろうか。

何度も何度も、こんな夢を見た。
ネズミ…!と呼んで手を差し伸べた途端、その姿は掻き消え、夢もそこで終わってしまう。

消えてしまったらどうしよう。
少し、こわい。

ふれようとしてふれられずにいる紫苑の手を、ネズミが手に取り、自分の頬へと引き寄せた。
ぴく…とふるえた紫苑の指先が、ネズミの冷たい肌にふれる。

確かな感覚。
確かに、そこに在る体温。
重なった手から、まるで血流が流れこんでくるみたいだ。
あたたかい。

「ネズミ…」
涙を溜めた大きな瞳に瞬きもせずに見つめられて、ネズミが微かに眇目し、唐突に、フイと視線を逸らせた。
まるで怒っているような横顔に、紫苑がどうして?と不思議そうな顔になる。
が、ややあって、理解した。
毛布を被せられた意味が、やっとわかったのだ。
そうか、そういうことか。
(……なぁんだ…)
大人びたと思ったけれど、そういうところはちっとも変わっていない。素直じゃないところも。
顔を見合わせるのが照れ臭いのだ。単に、そういうことなのだ。
あまりに久し振りすぎて。
「こっち、向いて」
微笑むと同時に、涙が頬を伝った。
「ねえ、こっち向いてよ、もう一回、顔を」
顔を見せて、という言葉が涙でくぐもる。
ネズミの視線が、ゆっくりと紫苑に戻った。
大きなあたたかな掌が、壊れものにふれるようにそっと、紫苑の涙に濡れた両の頬を包む。指先が赤い痣を辿った。

名を呼び、どちらからともなく、自然と唇が近づき、ふれる。
触れ合う。
一瞬の、仄かなぬくもり。
それは、心に灯を点すように、あたたかだ。

涙に濡れた紫苑の睫が、ゆっくりと持ち上がった。
そして、膝立つと、両の腕をネズミの両肩へと伸べる。ネズミの両腕もまた、紫苑の背へと回された。
甘く切ないあたたかな抱擁に、互いに眸を伏せ、額を寄せ合う。
話したいことはたくさんあって、聞きたいことも山のようにあって。
だけども、いざとなってみると、どれもさほど重要じゃないことのように思われて。
ただ、抱き合って目を閉じた。

言葉じゃない何かで繋がっている。
今ここに、腕の中に、互いの体温がある。
それ以上に大事なことなど、何も無いんだ。
この宇宙のどこを探しても。





やがて、紫苑が小さなくしゃみを一つ落とした。
ネズミが、くすりと笑みを漏らし、紫苑の肩に毛布を掛ける。
「寒いか?」
「あ、ううん。平気だよ、きみこそ薄着で」
「あんたの話だ。平気じゃないだろ、ちっとも」
見透かすような瞳をして笑むと、ネズミの指先が紫苑の唇にふれた。言葉を促すように、そっとなぞる。
「忘れたのか?」
きみに嘘はつかない。そう誓った。もちろん忘れてなんかない。
「…平気じゃない。でも今は、きみがいてくれるから、平気なんだ」
それは強がりじゃない。真実だ。
紫苑が微笑む。

淋しさのあまり、見失いかけていた。大事なことを思い出した。
ただ傍にいて、互いを甘やかし、依存し合うだけの関係じゃないのだ、ネズミとのそれは。
庇護されていたいわけじゃない。
対等でいたいと思った。
きみに恥じない人でありたい。
うまくまだ纏まらないけれど、紫苑の中でこじれ、こんがらがっていた想いが紐解かれ、整然としていく。
同時に、胸の内で凍りついていた氷片も溶かされていくようだった。







その後、2人で毛布にくるまって、とりとめのない話をしながら、流星を見た。
ネズミの長い足の間に坐り、背後から抱きしめられるようにしながら、あたたかな腕の中で、夜空を仰ぐ。
それは、紫苑にとって、この上ない至福の時間だった。
まるで、夢のように。


そうだよ、紫苑。
これは夢だ。


偶然、ほんの気まぐれに、あんたとおれの夢が融合した。
互いの願いが作り出した、同じ夢の中にいるのさ。

おれに会いたい、あんたと。
あんたに会いたくてたまらない、おれの。



紫苑が、ふわりと笑む。
そうか、これは夢なんだ。
「……いいよ。それでも、いい」
いいんだ。それでも。
朝になったら終わる、ささやかな夢でも。
「夢の中まで、きみが会いに来てくれた…。それだけで、充分だ」
甘えるように、ネズミの肩口に頬を寄せ、逞しい背に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「紫苑…」
まだ旅の途中だったきみが、ただ会いたいという想いだけで、きてくれた。
それだけで。
たまらなく、嬉しい。
紫苑の髪を撫でつけていた手がふいに止まり、濃灰色の瞳が紫苑の瞳を覗き込む。
「紫苑、手を貸してみろ」
「え…?」
夜明けが近づく空をちらりと見て、ネズミの手がそっと敬虔な動作で、紫苑の手を掬う。
そうして、細く白い薬指に唇を寄せ、誓いのように口づけた。
東の空が、茜色に染まって行く。
雲の間から陽光が差し込み、紫苑はその眩しさに静かに両の瞼を伏せた。



まもなく、朝が訪れる。













「なあ、火藍。紫苑の奴、大丈夫なのか? あいつ、最近、めっきり顔色良くなくてさ。いっかい医者にでも見てもらった方がいいんじゃねえかな。ほっとくと今に倒れちまうぜ」
「心配してくれてありがと、イヌカシ。私からもすすめてるんだけど、忙しいからってなかなか言うことを聞かなくて。でも、そうね。一度往診を頼んでみるのもいいかも……」
ホテル用のパンをイヌカシに手渡し、火藍が心配そうに2階を見上げたところで、はっと言葉を切った。
「うわああ、寝坊した、やばい、どうしよう! もう母さん、起こしてよ、遅刻寸前じゃない!」
言いながら、慌てて階段を駆け下りてきた紫苑の顔を見て、火藍がさも驚いたような顔になる。
いつもなら青白い顔をして生気無く階段をゆっくり下りてくる息子が、今日に限ってこうなのだから無理もない。
イヌカシもまた、同じくキツネにつままれたような顔になって、紫苑を見た。
「ああ、イヌカシ、おはよう!」
「あ、あぁ、おはよう……って、おい、紫苑…」
ついに疲れが脳味噌に溜まってバクハツしちまったんじゃねえよな?と言わんばかりの表情で、イヌカシがまじまじと紫苑を見る。
「あ、紫苑。ごはんは?」
「ああ、ごめん! 食べてる時間ないよ、もう出ないと」
「でも食べないと、毎日朝抜きじゃ」
「わかってる! あ、母さん。これ一つもらっていいかな?」
「チェリーケーキ? いいの、朝からそんなに甘いもの食べて胸がもたれない?」
「大丈夫だよ、母さんのケーキはそんなにしつこく甘くないから! じゃ、もらうね、走りながら食べるから! 行ってきます!」
言いながらケーキを一つ取り、かぶりつきながら、紫苑が鞄を抱え、ばたばたと店を出ていく。
あっけにとられていたイヌカシも、はっと我に返ると、じゃあな火藍とパンを抱え、慌てて紫苑の後を追って店を出た。
「ちょ、紫苑、待てって! こら待ちやがれっ」
「イヌカシ? どうしたんだ、何かあったのか?」
「何かあったのかは、おれの台詞だ! てか、おまえ、いったいどうしちまったんだ?」
「うん?」
「だから、その、あ? おい紫苑、なんだそれ!」
「え?」
「指になんか、赤いやつが」
ちらりと見えた紫苑の左手に、一瞬きらりと光ったものを見つけ、イヌカシがはたと凝視する。
昨日まではなかったぞ、そんなもの。
紫苑がそれに気付いて慌てて隠し、わかりやすく赤面した。
「うわ、もう、さすがイヌカシ。目ざといな」
長く見なかった紫苑のはにかむような表情に、イヌカシがすぐさまピンと来て、頭に浮かんだ名をそのまま叫んだ。
「ネズミか?!」
「なんで、わかるの!?」
直球な問いに対して、返ってきたあまりにストレートすぎる反応に、イヌカシが何とも言えない顔で紫苑を見つめる。
「…なんでって…」
おまえがわかりやす過ぎるからだろ。
げんなりしながら思う。
それでも、久し振りに見る天然全開の紫苑の顔に、呆れたような、ほっとしたような溜息をついた。
「で、あいつが何だって?」
「うん。会いに来てくれたんだ。夢の中だったけど」
「はあ?」
夢の中でって、何だ、そりゃ。
「でも、朝起きたら、これが指にはまってて。夢じゃなかったってことかな」
それで夢なら、生霊じゃないのか。
しかもそれ。俗に言うプロミスリングとかいうやつじゃねえか、おい。
まさかあのネズミがそんな洒落たものを贈るだなんて、想像しただけでも気持ち悪いが。
だがまあ、生霊で、紫苑相手なら、それくらいやりかねない。
まあ、だけど。
いつまで放っておく気だ、紫苑が壊れてからじゃ遅いんだぞ、ばかやろう!と、ずっとハラハラ見守ってきたが。
あいつも、そうか。ずっと、紫苑のことを―。
へえ、案外かわいいとこあるじゃねえか。
イヌカシが考えて、ほくそ笑む。
そして、紫苑の指にはまっているリングをまじまじと見つめた。
銀のリングの真中には、細く鮮やかな赤いラインが描かれている。清廉で凛とした上品な印象だ。
なるほど、紫苑にぴったりだ。
このリングを見たネズミが、紫苑の髪と痣を思い出したことは、安易に想像がついた。
紫苑の指に似合うだろうと思ったことも。
「で? まさか裏に、”愛しているぜおれのミツバチちゃん”とか、メッセージが入っているとかじゃねえだろうな?」
「えっ、うーん。ミツバチちゃんとは書いてなかったけど」
あるんかい。
冗談で言ったつもりが真面目に返されて、イヌカシがますますげんなりと肩を落とす。
紫苑がリングを外して、光にかざした。
「メッセージなら彫ってあったよ」
「ふうん、なんて書いてんだ、これ」
もともと字は読めないが、このへんで見かける文字じゃないことぐらいはわかる。イヌカシが、眉を寄せた。
「砂漠の民が、かつて使っていた古い文字だから、調べないとわからないけど。…あ。でも、この単語はわかる、かな」
「あっそ。何て意味だ?」
問うなり、紫苑の頬がバラ色に染まり、いやでもちゃんと調べてみないとわからないし、間違ってたら恥ずかしいから、などとぶつぶつ言い訳をしながら、慌ててリングを指に戻した。
なんとなく、察しがついた。
聞かないでおこう。朝から胸焼けなんて、御免だ。
「じゃあね、イヌカシ」
「―紫苑、おまえさん」
「なに? ぼく、もう行かないと」
本気で遅刻、と言いかけた言葉を遮って、イヌカシが訊く。
「追って行くつもりか、ネズミを」
一度背を向けた紫苑の肩が、ぴくりと震えた。ゆっくりとイヌカシを振り返る。
そこには、昨日までの憂いを帯びた表情はどこにもなく、かつて西ブロックで見たあの光をはじくような笑顔が完全に戻っていた。
イヌカシが、はっと瞠目する。
「うん! もう決めたんだ」
じゃあ行ってきますと、まるで今すぐ旅立つかのような笑みを残し、紫苑が陽の光の中を走って行く。
その背を見送り、はたと手に持ったままのパンの入った大きな包みに気付くと、イヌカシもまた、やばいと今来た道を引き返した。
おれのホテルの客は、パンなんて上等なモン食わねえよとかつて火藍に愚痴っていたが、実際売ってみたらなかなかどうして好評で、今や、火藍のパンを目当てにホテルに来る客まで増えたのだ。
早くしないと、腹を減らした客たちが、ぶうぶうと文句を言っているに違いない。
イヌカシが走りながら、ふっと笑む。
「…よかったな、紫苑」
しかし。ネズミめ。
あの馬鹿も、やっと腹を括ったか。ざまあみろ。
矯正施設で紫苑が死んだと思った時は、自分も死んだみたいな情けない顔をしていやがったが。
そして、あの後。
二度と会わないつもりで別れたんじゃないかと、内心勘繰ってもいたが。
――良かった。
あいつら、お互い、ソウシソウアイだもんな。
やっぱり、一緒にいるのが似合ってるんだ。

たった一夜で、紫苑をあそこまで変えることができるおまえさんには、ちょっと、シットっつうか。
いや、ちげえ。
かなり、ムカついてるけどな。


今度、紫苑が旅立つ前に。
何が何でも、あの指輪の言葉の意味を聞き出してやる。
ずっと傍で心配してきたんだぜ。こっちは。
そのぐらいは、知るケンリってやつがあるだろう。


――なあ、ネズミ。



















スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。