最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
リンク

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

星と月のソナタ(インテペーパー再録)



寒空の下、天を仰いだ。頭上には満天の星がある。
西ブロックの夜空は、どうしてこんなに星が近くに見えるんだろう。
どうしてこんなに、切ないほどきれいに思えるんだろう。
空気も凛と澄んでいて、その分冷気が骨身に染みるけど。
それでも此処から見る空が、紫苑は好きだ。
ネズミの住処のある丘を登る道。
これまでも、夜に何度かネズミと歩いた。
並んで歩くというよりは、前を行くネズミの背を追うように。
だけど今夜はその背がすぐ真近にある。密着している。
体温が、冷えた身体に尚一層あたたかく感じられる。
おぶさられた背で、紫苑が、こそり微笑を浮かべた。
なんだか信じられない。ネズミにおぶってもらってるだなんて。
ちょっと恥ずかしい。くすぐったい気分だ。
喜色がつい口元に滲み出る。

今宵は満月。
月もきれいだ。

青白い光を放つそれは、決して手の届かないところにあるけれど、いつも紫苑を見下ろし、見守るようにそこに在る。
(…冷たくてきれいで、なのに、あたたかい。まるできみみたいだ、ネズミ…)
微笑んで、心で囁く。
無言で紫苑をおぶって歩いていたネズミが、ふいに顔を振り向かせた。
「何だ、何か言ったか?」
「うん、言った。月がとてもきれいで、まるできみみたいだ、って」
「……あんた。相当酔っぱらってるな」
紫苑の言葉に、ネズミがやれやれと大仰に嘆息して、両肩を持ち上げる。
確かに、それは否定のしようがない事実だけれど。
でもたぶん、酔っていなくても同じことを言っただろう。
そして、ネズミに馬鹿かと怒られるんだ。考えて、紫苑がくすりと笑いを漏らす。
「笑いごとか」
「ごめん」
「まったく、あんたみたいな坊っちゃんが無理して酒なんて飲むからだ」
「きみだって飲むじゃないか」
「おれは、8つの頃から飲んでるぜ。あんたと違ってアルコールに耐性が出来てる」
「へえ、そうなんだ。すごいな」
本気で感心する紫苑に、ネズミが再び嘆息して、また無言で歩き出す。
そもそも嗜好品は、この西ブロックではほとんど手に入らない。力河のようにNO.6との独自ルートでも持っていなければ、そうそう飲んだくれることもできないのだ。
その力河が、仕事の依頼がてらイヌカシに酒を差し入れ〈余程面倒な依頼なんだろう〉、たまたま犬洗いの仕事に来た紫苑まで御相伴に預かったというわけだ。
乾杯の度に『ハッピーニューイヤー!』と声を上げる二人に、それでやっと紫苑も思い出した。
今日が、新しい年が始まる記念すべきその第一日目だということに。
西ブロックで迎える新年。
何だか感慨深い。
これからも此処で生きていくつもりなら酒ぐらい飲めないとな、と二人にそそのかされ、ついつい口をつけてしまった。
量に関しては既に曖昧だが、さしたる量ではないと思う。
が、日が暮れても戻ってこない紫苑を気にかけ、ネズミが様子を見に来る頃には、すっかり良い具合に出来上がってしまっていた。
さあ立て帰るぞとネズミに不機嫌に言われても、まるで足が立たないぐらいには。
あんた、いっそホテルの客と一緒に泊めてもらえと毒づいたものの、それでも実際のところ、ネズミは紫苑を放って行きはしなかった。
そんなわけで、今こうして、紫苑はネズミの背で月と星の夜空を見上げている。
(本気で置いていかれると思ったけど。そういうところ、やさしいんだ)
紫苑が嬉しそうに目を細め、微笑む。
凍りつく夜の風が、紫苑の火照った頬を撫でていく。
身を切るようなきりりとした冷たさが、だけども熱を帯びた紫苑の肌にはむしろ心地良い。
ネズミの肩で、目を閉じる。
体温が重なる。息が近い。
密着しているせいで、いつもよりネズミの存在を近く感じる。
「今日は怒らないんだな」
「は?」
「いつものきみなら、きっと怒ってた」
「まるで、おれがいつも怒ってるみたいだな」
「違うのか?」
「おれはもともと温厚な性格なんだ。誰かに苛立たせられたり、神経を逆撫でされるようなことがなければ、滅多に怒ったりしないさ」
「…怒らないけど、皮肉は言うんだ…」
ネズミの言葉に、その『誰か』の張本人である紫苑がすねたように口を尖らせ、ネズミの肩に顎をのせる。
「でも、『勝手にしろ』と怒って先に帰るだろうと思ってたから。嬉しかった」
「あんな猛獣だらけの巣に置いていったら、あんた、一晩で骨まで食われちまうだろ」
「猛獣って犬たちのこと? まさか。彼らはそんなことしないよ」
「犬の話じゃない。ホテルに泊まってる客のことだ。まったく、そんな呑気で世間知らずだから、あんたは…」
放っておけないんだ。
呟きは心で留めて、ネズミが背中にある紫苑の体温に目を細める。
「でも、今日から新しい年が始まっただなんて、力河さんたちに言われるまでまったく気がつかなかったな。何だか毎日めまぐるしくて」
「此処じゃ、新年もクソも関係ない。今日を生き延びた者だけに明日がやってくる。その繰り返しさ。NO.6じゃ、盛大に祝うんだろうがな」
「うん、聖なる祝日とクリスマスの次に大きなイベントだからね、ご馳走を食べたりする」
「ママの手料理が恋しくなったろう」
「そういうわけじゃないけど。ただ、母さんには申し訳ないって思ってる。今年は一人で新年を迎えさせちゃったから」
言って、紫苑の視線が俯く。
NO.5に留学中の沙布は、友人たちと楽しい新年を迎えただろうか。
母は、ロストタウンでどんな風に新年を迎えただろう。
一人ぼっちで新年を迎えることになってしまった母には、すまない気持ちでいっぱいだ。
きっと心配をかけている。淋しい想いもさせていると思う。
だのに今、自分は母に心配をかけながらも、こうして満たされている。
(…母さん、ごめん)
声にならない呟きが聞こえたのか、不意にネズミが立ち止まり、ポケットから取り出した小さなカプセルを紫苑に手渡した。
「開けてみろ」
言われ、カプセルを開けて小さな紙片を取り出す。

『ハッピーニューイヤー、紫苑。ネズミと楽しい新年を』

「……母さん」
読むなり、酔いが一気に冷めた気がした。
にも関わらず、頬は先ほどより熱い。
赤らんだ頬に気付かれたくなくて、ふいと横を向く。
ネズミがほくそ笑んだ。
ネズミが今日、どうして紫苑を怒らなかったか、その理由がわかった気がした。
「あんたのママは、おれがいったい、あんたの何だと思ってるんだろうな?」
「え、それは」
揶揄するような口調に、ますます紫苑の頬が赤くなる。
赤くなる理由なんてないのに。
それでも何だか気恥ずかしい。
何と問われても、どう表現したらいいかわからない。
かけがえのない誰よりも大切な存在。それだけは間違いないけれど。
言いかけて口ごもる。
(でも、どうせ、ぼくの片想いだし)

何せ相手は、天上の月だ。
どうやっても手が届く筈がない。
手の届かない相手だとわかっていて慕って、焦がれて。
だからこそ手を伸ばす。
ほんの少しでもいいから近づきたくて。

「そうでもないさ」
「……えっ」
唐突な応えに紫苑がはっとなる。
今のは果たして何に対する答なんだろう。もしかすると、紫苑の心の呟きに対して?
「…もしかして、聞こえた?」
「さあ? 何のことだか、おれにはわからない」
しらばっくれて、と紫苑が胸で毒づく。
だけども、それも何だかいとおしく思えるから不思議だ。
ネズミといることでいつも気付かされる。
自分も知らなかった新たな自身や、内なる感情の揺れとか。
なだらかで平坦だと思っていた自身の感情の波が、他人の言動によってこれほど揺らいだり、穏やかに凪いだりするものなのだと。
そして、言葉とは裏腹のやさしさにも。
一人で新年を迎える母のために、ネズミは、わざわざロボットネズミを向かわせてくれたのだ。
本当にやさしい、有り難い。
「きみは何て書いたんだ?」
「は?」
「母さんに何かメッセージを届けてくれたんだろ?」
「…別に。大したことじゃない。あんたが元気でやってると伝えただけだ」
聞いて、紫苑が泣き笑いのような顔になる。
元気でいるというたった一言が、母にとってどれだけ生きる勇気になるだろう。
「ありがとう、ネズミ」
耳元で涙混じりに囁いて、首に抱きつき、冷たい頬にそっと唇を寄せる。

「ハッピーニューイヤー、ネズミ」
そして、これからもよろしく。

付け加えれば、この酔っぱらいがと悪態をついて、フイと逸らしたネズミの頬が微かに赤らむ。
青白かった月も、今は微かにオレンジがかって空に在る。



―新年の第一夜は、星が天から降り注ぐような美しい夜だった。





終わり
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。