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きみに、光が降り注ぐ

*「きみのそばで、きみを見つめる」から続いています。







夜半になると、地下の部屋は、ストーブの火があってもどうしても冷え込んだ。
真夜中の凍りついた大気が、頬を刺すようだ。
ネズミは、その中を幾度となく起き上がっては、ベッドを降り、紫苑の額を冷やすタオルを換えた。
西ブロックの冬は厳しい。
寒さは、これからが本番だ。
もう一台ストーブが必要だろうか。
いやそれよりも、もっと厚手の毛布をもう1枚。
ベッドに眠る紫苑をちらりと見、ネズミが考える。
ふいに、小ネズミのうち一匹が前足を上げ、チチッと鳴いてネズミを呼んだ。
「あぁ、わかった」
応え、ベッドの脇に戻ると、ネズミは横たわる紫苑の首筋へと指を当てた。同時に、額も合わせる。
そして、己の失態だというように舌打ちを漏らした。
やはりだ。熱が上がってきている。
夕食の後、本を朗読するうちに、うとうとと眠りに落ちて行く紫苑を見ながら、ネズミははたと薬を飲ませていないことに気が付いた。
が、あまりにも幸せそうなその寝顔に、無理に起こしてまで飲ませることもないかと断念したのだ。
その前日も、体調のせいでろくに眠れていなかった。だから、睡眠を優先させてやりたかった。
だが、やはりそれは失敗だった。起こしてでも飲ませるべきだった。
本気で相手を想うなら、優先すべきは何なのか、よく考えるべきだったのだ。
甘い、やさしいだけでは、相手を慮ることにならない。
苦しそうに不規則な荒い息を吐き出す紫苑を、自分の方が苦しそうな顔をして見つめ、ネズミがそっと前髪を撫でる。
小ネズミたちも紫苑の周りに集まり、心配げにチチ…と小さく声を上げた。
そのうちの黒い小ネズミが、、テーブルの上に置かれた小鍋を振り返る。
先ほどまで、ストーブの上で煮詰めていたものだ。そろそろ冷めた頃合だろう。
小ネズミに急かされ、ネズミが「わかっている」と返して、煎じた薬草の汁を木の椀に移し、それを手にしてベッドに上がる。
そして、紫苑の背に腕を差し入れると、自分の膝の上へと上体を起こさせた。
「紫苑。飲め、薬草だ」
言って、唇に椀を当てる。
だが、一口流し込んだ途端、その強烈な苦味に、紫苑はぎゅっと眉を寄せ、顔を歪めた。数度むせて、反射的に顔を背ける。
「……もう…いい…」
「まだたった一口だ。ほら、飲むんだ」
「……嫌、だ……にがい……」
「文句を言うな。薬なんだから、苦くて当然だろ」
「…ん……や、だ………ネズ…ミ……」
「ほら、紫苑」
「やだ……ってば…」
朦朧としたまま、紫苑が口をかたく結んで首を横に振る。もう飲みたくないと頑固に拒否するしぐさに、ネズミが呆れたように嘆息した。
「まったく、あんたは駄々っ子か」
子供のような抵抗に、ネズミがやれやれと眉を下げ、苦笑を漏らす。
だが、仕方がないと言ってこのまま寝かせれば、明け方もっとひどい状態になるだろう。一昨日がそうだった。
「紫苑…しおーん、こら、口を開けろ」
指先で唇を軽くノックしして促すが、それでも一度結ばれた唇は頑なに開こうとしない。
ネズミが再び溜息を漏らした。
やれやれ、こうなったら。常套手段だ。
ネズミは紫苑を抱え直すと、椀の中の薬を自分の口に含んだ。独特の苦味とえぐみで口中が一時痺れる。
そのまま紫苑の顎を掬い、中指で支えながら、一指と二指で軽く頬を挟んで口を開けさせた。
唇を合わせ、僅かに開いた隙間に、薬を流し込む。
一瞬の抵抗の後、紫苑の喉がごくりと上下し、飲み下した。
長い睫がゆっくりと持ち上がり、薄く瞳を開く。
間近で自分を見つめる濃灰色の瞳をぼんやりと見つめ返し、数度瞬きした。
「ネズミ…?」
「ん?」
「……今、キスした……?」
唐突な問いに、ネズミが、そっちが先かというように苦笑を漏らす。
親指の腹で、軽く紫苑の唇を押さえた。
「キスじゃない。薬を飲ませただけだ。あんたがちっとも飲もうとしないからな」
「あ…そうなんだ。ごめん」
どこか残念そうに頷いて、それでも肩を抱くように回されたネズミの腕に気付くと、熱を帯びて赤みの増した緋色の瞳でネズミを見上げる。
「薬、まだあるの?」
「もう一口だ。飲めるか」
「うん。えっと、その……きみが飲ませてくれるなら、飲む」
赤面しながら上目使いでそう言われて、ネズミが何とも言えない表情で嘆息する。
「…ゲンキンだな、あんた」
「うん、かなり」
素直に笑顔で首肯されては、笑うしかない。
ネズミはくっくっと喉で笑うと、再び緑の液体を口に含んだ。紫苑の顎を上げさせ、唇を寄せる。
それがしっとりと合わされると、やや遅れて、苦味が紫苑の口中へと流れ込んできた。
微かに眉が寄せられる。
続いて侵入してきたネズミの舌が、その苦さを舐め取るように紫苑の舌の上をなぞった。
ぞくり…と紫苑の背に甘い疼きが走る。
どうしていいのかわからないまま、受け入れ、おずおずと合わせた。
「ん……」
蕩けるような熱とやわらかさで、互いの舌が接する。
ほんのりと軽く吸われた後、ちゅ…と音を立てて、名残惜しそうに唇が離された。
紫苑の頬が、ぱあっと赤く染まる。
「お利口だ。ちゃんと飲んだな」
ネズミに褒められ、薬草の苦味も忘れて、紫苑がはにかむように甘く笑んだ。
「知らなかった」
「何がだ?」
「口移して飲ませてもらうと、薬って苦くないんだね」
しみじみ言われて、ネズミが照れたように困ったようにそっぽを向く。
これだから。この天然は。
「それは、あんたの煩悩のせいだろ」
「…煩悩?」
煩悩って何と問おうとした唇を、ネズミが軽く指で押さえて黙らせ、椀をテーブルに戻した。
「もういい。飲んだら、休め」
言われ、ベッドに横たわらせられるなり、小ネズミたちが紫苑の身体に跳び乗ってくる。
白い小ネズミがネズミを真似て、紫苑の唇に鼻頭を擦り寄せようとするのを、ネズミの掌が遮り、ぐいと退けた。割って入るように、紫苑の隣に自分もまた横たわる。チチチ…ッと、抗議のような声が上がった。
「ん? どうしたんだ、ハムレット」
「さあ。あんたを心配してるんだろ?」
「それだけなのかな。何か言ってるみたいだけど」
「気にするな。何でもない」
ネズミの言葉にもう一声鳴くと、小ネズミたちはストーブの前で眠る犬の背中へと移動した。
そんな小ネズミたちのことを気にしながらも、発熱のせいで悪寒がするのだろう、紫苑が小さく身を震わせ、身体を丸めた。
「寒いか?」
「うん、少し」
「もっとこっちに寄れ。おれの方へ」
ネズミの腕に引き寄せられ、互いの身体をこれ以上ないほどに密着させる。
横になったまま、ネズミの胸に頬を埋める形になって、紫苑が頬を染めて目を瞑った。
「あったかい…」
背中をネズミの腕に抱かれ、笑んで紫苑が呟く。
触れ合った場所から、互いの体温が布ごしに伝わる。人肌のぬくもり。
それが、この世で一番やさしい温もりなのだと、4年前のあの嵐の夜、ネズミは初めて知った。
「あんたの方があったかいぜ」
「きみの方がずっとあったかいよ。人って、こんなにあたたかいんだ…」
紫苑が、ネズミの胸で心音に耳を寄せ、傾ける。
生きて今、二人ここにいる。そんな確かな音。
心地よいリズムを聞きながら、甘えるようにネズミの胸に頬を擦り寄せ、紫苑がうっとりと瞳を閉じた。
「このまま、きみと一つになれたらいいのに」
突然の言葉に、ネズミが内心でぎょっとする。
…あんたな。この体勢でそれを言うか。
この天然め。
胸中で毒づきながらも、煩悩はこの際遠く空の彼方に追いやって、あぁそうだなと軽く流して紫苑の身体を抱き締めた。
眠りを促すように、おやすみのキスを唇に落とす。

こんなところを力河やイヌカシにもし見られたら、『おまえらいったい何をやってるんだー!』とさぞかし大騒ぎすることだろう。
想像して、ネズミが含み笑いを漏らす。
それでも、紫苑がここまで自らを赦すのは、たぶんネズミにだけだ。
ちょっとした優越感だ。それこそ子供じみているが。
自分だけが所有する独占権。
いつか目の前で誇示してやろう。きっと爽快に違いない。
画策して、ほくそ笑む。

「ネズミ…」
「ん…?どうした」
「なんだか、ぼく、今、すごくしあわせだ…」
幸福げな呟きを漏らして、微笑んで、紫苑がとろとろと眠りに落ちていく。
唇からは、やがて、すうすうと甘い寝息が漏れ出した。
ネズミがやさしく瞳を細め、腕の中の紫苑の艶やかな白い髪を撫でる。
何度も飽きることなく。指先で丁寧に梳いていく。
そして、抱擁が少しでも深くなるよう足を絡ませ、より良い眠りをと、まじないのように前髪に口づけた。


紫苑がいとしい。
失いたくない。
この世の何ものにも変え難いほど、大切だと感じている。
例えるなら、自分の命よりも、ずっと遥かに。


この感情に果たしてどんな名がつくのか、つければ良いのか。
友情でもなく、恋情でもなく、家族愛でもなく。
今一つ。ぴったりのものが思い浮かばないが。
だが、それはそれで良い。
言葉でたやすく置き換えられない、そんな絆や繋がりも、この世には無数に存在するのだ。



いつか道が違える時がきて、いつか訪れるであろう別離のあとも。
あんたの明日に光が降り注ぐよう、降り注ぎ続けるよう。
祈りとそれから、歌を捧げよう。
あんたのために。
紫苑、あんたのためだけに。
いつまでも、いつまでも、変わりなく、永遠に。




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