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はじまりの朝と、さよならの月夜 (1)

嵐の後の空は、抜けるような青空だった。台風の過ぎ去った空の色。
陽の入る窓、カーテンの隙間から覗くその青さを、たぶん一生忘れないだろう。
思いながら、ネズミは紫苑のベッドをそろりと降りた。起こさないようにと細心の注意を払いながら。
そうして、おそるおそる振り返れば、ベッドの上では両手両足を存分に伸ばして、紫苑が軽い寝息をたてていた。
思わず、笑いがこみあげる。
(リラックスしすぎだろう。まったく、あんたには緊張感ってもんがないのか)
VCを匿った上、そんな『犯罪者』の隣でここまで安眠を貪れるとは。
こいつ、天然な上に、かなりの大物だな。
感心したように胸で呟き、ネズミが腕を組んであきれたように紫苑を見下ろす。
…いや、違う。馬鹿なんだ。きっとそうだ。
でなけりゃ怪我をしたVCを、それと知って庇ったりしない。
正常な思考回路の持ち主なら、そんな面倒事に巻き込まれるのはまず御免だろう。
それに、回避するチャンスもあった。
食事を取りに行った時に、母親を通じて治安局に連絡を取る時間はあった筈だ。
ネズミ自身も、その危険性は充分考慮していた。いつでも窓から再び飛び出せる、心の準備はあったのだ。
が、どうしてだか紫苑はそうしなかった。
逆に、空腹のネズミに、チェリーケーキとシチューを運んできてくれた。
この世に不幸なんてものは存在しないと信じている、クロノス育ちのおぼっちゃん。
血反吐を吐くほどの苦しみも、胸を突き破り、骨が軋むほどの悲しみも知らない。
そして、たぶん、これからも。
(…だが。あんたはそれでいい)
心で呟いて、そこを離れる。
そんなものとは無縁でいい。
苦しみにも悲しみにも、耐え難い痛みにも打ちのめされることなく、穏やかな日々を過ごしていってほしい。
その天然のまま、笑っていてほしい。どんなときも。
思い、口元に微苦笑を浮かべる。
(らしくない)
他人にそんな感情を抱くのは、初めてのことだ。
他人に抱く甘さは命とりだと、ネズミを育てた婆はいつもそう言っていた。
生き延びたければ、他人をあてにしてはしけない。信じてはいけない。弱みを見せてはいけない。決して。
そして、その言葉はいつの時も正しかった。だから、守った。守らねばならなかった。
だのに、ずっとかたくなに守ってきたその戒めが、ここにきて崩れた。
他人を信じ、弱みを見せた。
たとえば食事に睡眠薬が混入してある可能性もあったのに、ネズミは毒味もせず、あっさりを全てたいらげてしまったのだ。
その上、部屋の住人を放ったらかして、とっとと先に寝入ってしまった。
何たる警戒心の無さ。自分で呆れる。
かなりどうかしていた。今までのネズミなら、まず在り得ない。
(だがそれも。ここまでだ)
ネズミの表情がにわかに厳しくなる。
室内のセキュリティは、昨夜のままオフになっている。それを確認した上で、ネズミは静かに窓を開いた。
昨夜紫苑が叫んでいたバルコニーへと駆け出し、ひらりと手すりを越えて飛び降りる。そのまま邸を囲む森の中へと、素早く身を翻した。一気に駆ける。
ここから先は、また命がけの逃走だ。
生きるための戦いが開始された。
自然と口元が引き締まる。
この森を抜けて、地下水路の入り口まで逃げ込めば、当初の予定通り活路は開ける。
もっとも水路はすべてNO.6の地下で繋がっているわけではないから、西ブロックに向かう道中で何箇所かは地上に出るしかない。
逃走経路を頭で計算しながら、注意深くネズミが辺りの様子を伺う。はっと緊張が走った。
丘の下に治安局の車が数台見えた。こちらに近づいている。
まだ早朝だというのに出勤とは。ご苦労なことだ。
ネズミが、奥歯をぎりっと噛み締める。
生きてやる。生き抜いてやる。
何としても、このNO.6から生きて脱出する。
あんなやつらの好きにされてたまるか。
(生きて、おれは必ずこのNO.6に報復する…!)
濃灰色の双眸が空を見上げる。
絶望していたのが嘘のようだ。不思議なほど身体中に力が漲っている。傷の痛みももうほとんど感じない。
一夜の安息と、食事と、手厚い介抱。
それがネズミを生き返らせた。
太陽さえ、昨日までとは違って見える。
地上に連れ出され、久しぶりに浴びた陽の光はじりじりと肌を刺し、目を射抜くように凶々しく思えたのに。
今、森の中を疾走するネズミの肩に降り注ぐ光は、眩しくて、あたたかい。
あいつ、みたいに。


忘れない。
あんたの手のぬくもり。
ずっとおぼえてる。
一緒に笑ったことも。
ずっと。この先。
一生忘れない。


誓いのように、走りながら胸に手を置く。
だが、後悔もある。
災厄を自ら呼びこんだあんたは、今後何らかの代償を負うことになるだろう。失うものもあるかもしれない。
せめて、それが最小限で済むように。
一刻も早く、此処を去らねば。
VCを匿った者に、治安局はどんな処罰を与えるだろうか。いくら何でも、クロノスの住人をいきなり強制連行はしないだろうが。
生活水準の格下げは、余儀なくされるかもしれない。エリートコースから外れることにもなるだろう。
おれが、自分が生きるためにしたことが、あんたの一生をメチャクチャにしてしまったかもしれない。
考えて、ネズミの表情が曇る。
詫びてすむことじゃないが。
(…ごめんな…)
脅されたから仕方がなかったとか、殺されるんじゃないかと怖くて家族にも言えなかったとか。
どうか、うまく言い逃れてくれ。
ああでも、あんた馬鹿だからな。
馬鹿正直に言っちまいそうでヤバい。
けがをしてたから。同じ年頃の子供だったから。あとは、理由は自分でもよくわかりません、とか。
そんな間抜けな答えをしちまいそうだ。
嘘がつけない純粋培養ぼっちゃん。天然で、お人良し。
だけど。
どうか無事でいてくれ。

(……紫苑)

と、ネズミが心でその名を呟いた瞬間。
まるで答えるように、不意に誰かに呼ばれたような気がした。
はっと立ち止まり、表情を険しくして辺りを伺う。ネズミの五感が、接近してくる気配を察知した。
クロノス区画内の森はよく手入れされていて、無駄に生い茂ったりしていない。追跡してくるものがあれば、かなり遠くのものでもネズミなら肉眼で発見できる。
だが、違う。
治安局の者が近づいてきたのなら、全身の体毛が逆立つほどの嫌悪で気付く。高性能のレーダーより正確だ。
(違う。これは)
とりあえずは敵のものじゃない。物々しさも殺気も感じない。
だが、だったら、いったい。
クロノスの住人が、まさかこんな早朝に森の中をピクニックか? まさか。
考えて、さらに警戒を強める。ナイフの刃のように濃灰色の双眸が鋭くなった。

「………は?」

その瞳が一瞬にして丸くなった。

まさか。
うそだろ?

ネズミが呆気に取られたように近づいてきた人影を見る。かなり間の抜けた顔になっていたに違いない。
「おーい…」
森の中をよたよたと駆けてくる小さな影が、呑気にネズミに向かって笑顔で手を振っていた。
逆光とはいえ、誰だかすぐに思い当たった。
が、待て。
なぜ、此処にいる?
「おーい、ネズミー」
はあはあと息をきらしながら、ネズミの前で息を整える少年を、ネズミは未だぽかんとした顔で見つめていた。
「あーよかった間にあった」
「…はあ?」
「きみ、足早いな。ぜんぜん追い付かなくて、どうしようかと思った」
「……」
追い付かなくて? 
つまり、追って来た、と?
「あ、これ」
「これ?」
「くつ。履いてなかっただろ。ぼくのだけど、サイズ同じくらいかと思って」
「あ、あぁ?」
目の前ににゅっと差し出されたスニーカーに、ますますネズミが呆然となる。
くつ? 持ってきた?
何のために。
「あと、抗生剤。やっぱり飲んでおいた方がいいよ。傷にさわるから。はい、飲んで」
「…おい」
「熱はもうなさそうだな。あ、そうか。薬飲むのに水がいるね。ちょっと待って」
ネズミの額にこつんと自分の額を当てて熱を計り、一人納得して紫苑が背中に背負っていたリュックを降ろした。中から水筒を取り出す。
というか、なぜリュックを背負っている?
「いや、待ってじゃなくて。あんたな…!」
さすがに呆然としている場合ではないと気付いて、ネズミが、コップに水を注ごうとしている紫苑の手を掴んだ。
「じゃなくて! なんで追っかけてきたんだ、あんた!!」
「なんでって?」
「自分が何してるかわかってんのか!?」
「えっ?」
きょとんとなる瞳に、苛立つようにネズミが声を荒げる。両手で細い肩を掴み、揺さぶる。
「え、じゃないだろう!わかってんのか、VCを匿っただけでもあんた充分やばいって、ゆうべもそう言っただろう!? なのに、こんな」
「だって、逃げるのにせめて靴はいるだろう?」
当たり前のように言われて、ネズミが思わず頭を抱えた。
「…ぁああああ!! なんであんたは、こんな時まで天然なんだ! いったいどこまで馬鹿…」
そこまで言って、はっとなる。冷たい汗がネズミの背を伝った。
治安局の車だ。すぐそこまで接近している。
そうだ、近づいてきていたのだ。すっかり忘れていた。
「…チッ」
舌打ちと同時に、ネズミは反射的に身を翻していた。ほとんど無意識に紫苑の腕を引っ張る。
「ネズミ…!?」
「っ、ちっくしょう…! ともかく、あんたも来いっ!!」
リュックを背負ったこの格好で、紫苑を森の中に放置していけば間違いなく怪しまれる。
かと言って、連れて逃げるのも間違いなく怪しげな状況ではあったけれど、この場合致し方なかった。
ネズミの思考回路は、突然現れた紫苑によって完全に混乱していたのだ。
耳元で怒鳴られた紫苑は、なぜかやけに嬉しそうに笑んで、うん!と力強く肯いた。
笑ってる場合か、まったく。あんたどこまでも大物だな。
いや、違う。だから馬鹿なんだって。救いようがない天然。
それより現状をどうする。いや。どうするも何も。
過去に、こんな馬鹿げた危機的状況には遭遇したことがない。
内心で静かにパニックを起こしながらも、それを隠すように、乱暴に紫苑の細い腕を引っ張り、勢いよく丘を駆け上る。
そうして、地下水路とはまったく逆の方向に走っていることにネズミが気がついたのは、それからしばらく経ってからのことだった。


(つづく)



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