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夢のように僕たちは(最終話ネタバレ注意)


眼下には、信じ難い光景が広がっていた。
崩れ去った壁。変わり果てた世界。
泣きたくなるような、荒廃した夕焼けの空。

壁の残骸の向こう側でもこちら側でも、未だ小規模の爆発が続いている。
それでも、ひとまず聖都市はこれで完全に沈黙した。
一部のものたちが唱えた理想都市は、ついに崩壊したのだ。

やがてこの地に夕闇が訪れ、夜を迎え、そして、明日。
世界は、生まれ変わった新しい朝を迎えるだろう。


矯正施設の焼け落ちた跡に立ち、ネズミと紫苑は、その光景を見つめていた。
壁のあった場所へと、内側と外側から赴く人々の影が、遠く大地に連なっていくのが見える。
そこで、人々はどんな真実を見、知るだろう。
真実は。
正しくも美しくもない。
ただ、苦いだけだ。苦く、つらいだけだ。
それでも、知らないよりはいい。ずっといい。
紫苑もまた、それを望み、求めてきた。

『ぼくは真実を知りたいんだ。ネズミ…!それがどんなものだろうと』

だけど。真実はあまりにも残酷だった。
予想はしていた。
だが、それを遥かに凌駕した。
自分の甘さ、愚かさを思い知る。
「あんたにこの光景を見せたかったんだろうな。エリウリアスは、沙布は…」
紫苑の心を知るかのように、静かにネズミが言った。
いたわるような、あたたかな声音で。
紫苑が掲げた『壁を無くす』という”第三の道”は、ネズミが理解し導き、沙布が伝え、エリウリアスが実現させた。
果たして、それが今後人々にどういった未来をもたらすのか。
今はまだ、何もわからないけれど。

わかっていることは、たった一つだ。
人は愚かだ。そして弱い。
それを思い知った。
「ネズミ…」
苦しげな声が、傍らのネズミを呼ぶ。声が震えた。
「ぼくを、赦さないでくれ」
「…紫苑?」
「ぼくは、きみに、ひどいことを言った…。すまない。いくらあやまっても、あやまりきれない」


『きみは、利用したのか。そうだ、利用したんだ…! きみの目的は最初から矯正施設の破壊だった! 沙布の救出は口実に過ぎなかった!! きみは沙布を利用したんだ…!!』
現実を受け入れられない苦しさから一時逃れたくて、激情のまま、思いついたままを口にした。
ネズミは一度目を伏せ、そして皮肉げな笑みをはりつかせてこう言った。
『そうだ。その通りだよ紫苑』


耳の奥で、頭の底で、自分がネズミに放った言葉が、まだ木霊のように響いている。戒めのように。
「ぼくは…最低だ」
絞り出すように告げて、項垂れる。
ネズミを傷つけるものは許さない。そう思っていたはずなのに。
誰より紫苑自身が、深く傷つけた。
自分が許せない。血が滲むほど、きつく唇を噛み締める。
「何の話だ? あんたは4年前と同じように、またおれの命を救ってくれた。あやまるようなことがあるか?」
「それだって、ぼくを庇って撃たれたんだ! あんなひどいことを言ったぼくを、きみは庇って…!」
自分の身を盾にして護ってくれた。
紫苑の眦が赤く染まる。こぼれ落ちそうになる涙を、かろうじて堪えた。
「あんたは、事実を言っただけだ。何も違えていない」
「嘘だ…!」
「嘘なもんか」
「嘘だ。ぼくは君をなじった! 自分の手は汚さず、きみにマザーを破壊させたくせに、全部君のせいにした!」
「事実だ。おれのせいだ」
「違う!!」
きつくかぶりを振る。涙が飛び散った。
「紫苑、聞け! おれは」
「ぼくは、自分の掲げた理想がどれだけ甘かったか、どれだけ無知で傲慢だったかを思い知らさせて、打ちのめされていた、だから、だから…!」

『大したジョークだな。最高の夢物語だよ』

自らを嘲笑うような紫苑の言葉を聞いて、ネズミは涙さえ浮かべ目を見瞠った。
それをあんたが言うのか。その顔で、その声で。
あんたがそんなことを言うなんて、おれは信じたくない。
そんな心の声が聞こえた。
自らの甘さに罰を与えるように理想を否定した紫苑に、ネズミは悔しさを滲ませたのだ。
まるで、自分が紫苑にそう言わせてしまったかのように苦しそうな顔をして。

矯正施設への潜入は、互いの利害が一致した結果だったのかもしれない。確かに、それだけだったのかもしれない。真実は、最初はそうだったのかもしれない。
だけどもネズミは、きれいごとだ夢物語だと皮肉って笑いながらも、紫苑の『理想』が現実になる可能性を常に考えてくれていた。
そのためなら、たとえどんな汚れ役だろうと悪役だろうと、茶番を演じようといとわない。たとえ紫苑に恨まれえることになっても。
ネズミには、最初からそれだけの覚悟があった。
紫苑には覚悟が足りなかった。
それが結果的に、大切な人たちを傷つけた。
あの時。紫苑の中にあったのは、きれいな理想には程遠い、醜く渦巻く破壊衝動だけだった。

「壊したかったのは、ぼくだ! なのに、全部! 全部全部なにもかも! きみが悪いみたいに責めて、きみを罵った! きみをなじった、ぼくは最低だ、ぼくは、僕は!」
「紫苑!」
「きみが言ったみたいに、ぼく自身がまさにNO.6そのものだった! 愚かで無知で傲慢で…!!」
「違う! 聞け、紫苑!!」
「違わない!! 沙布じゃなく、いっそ、ぼくがいなくなれば」
「紫苑!!!」
それ以上言わせないというように、ネズミの手が紫苑の頭を強く胸へと抱き寄せる。力強い腕に抱き竦められて、紫苑は途端に、”うわああっ”と大声を上げて泣き崩れた。
背が大きく波打つ。涙が止まらない。
感情が抑えられない。苦しい。
胸が痛い。灼き切れるように胸の奥が熱い。
この苦しさに打ち勝つ覚悟も、受け入れる覚悟も、事実から目を逸らさない覚悟も、できてはいなかった。
だから、だから、こんなことに。
「あぁああ……っ、うわああぁああ……!」
あの嵐の夜と同じだ。自分の中の衝動を抑えきれない。吐き出さなければ飲み込まれる。引き込まれる。
何か、暗い闇の中に。
怖い…!
「紫苑…」
あたたかな声が、耳元でそっと、紫苑の名を呼んだ。紫苑がはっとなる。
「…っ」
墜ちていこうとする闇の中に手を伸ばして、紫苑を抱き寄せ、引き上げてくれる。
暗闇から護ってくれる、やさしい腕。
ネズミの手が泣きじゃくる背を撫で、髪を撫でる。
涙にぐっしょり濡れた白い頬を、赤い痣を、いとおしそうに掌で包んだ。
「泣くな、紫苑」
「ネズミ…っ」
「泣くな…泣かなくていい。あんたは何ひとつ悪いことなんてない。自分を責めなくていい」
「だめだ、ネズミ…」
腕の中で、ネズミを見上げる。懇願のように言った。
「ぼくを、甘やかさないでくれ、ネズミ。甘やかしちゃ駄目だ…」
「ったく、あんたは。言ってることとやってることが、まるで真逆だ」
言いながらも、ネズミの背にぎゅっと強くしがみついてくる紫苑に、ネズミが思わず苦笑を漏らした。
何がおかしいのかと、ぽろぽろと涙をこぼしながら、紫苑が不思議そうな顔をする。
無意識だとしたら、それはそれで願ってもないが。
これだから。あんたにはかなわないんだ。
胸でネズミがこそりと呟き、また笑みを漏らす。
「いろいろなことが一度にあって、あんたは少し疲れてるんだ。大丈夫、もう壁はなくなった。早くママのところに戻って、思いきり胸に抱きしめてもらうといい」
揶揄を含んだネズミの台詞に、紫苑が少し不服そうに上目使いになった。
「違う、ぼくは…」
ぼくが抱きしめてほしいのは、母さんの胸じゃない。甘えたいのも、母さんにじゃない。
誰の慰めもいらない。誰もいらない。
きみ以外の誰も欲しくない。
そう言いたいのに、まだ感情の波が落ち着かず、うまく言葉にならない。できない。
「ぼくは……ネズミ、きみじゃ、なきゃ、いやだ……っ」
駄々をこねる子供のような涙声に、泣き顔に、ネズミがいよいよ呆れたように笑い出す。
「よしよし、泣くな」
言いながら、ぽんぽんとあやすように背を叩き、前髪を上げさせて額にキスする。
「あんたはいい子だ。ほら、もう泣くな」
「ひどいな、そんななぐさめ方じゃ……よけい涙がとまらなくなる」
「ぜいたくだな」
「うん、ぜいたくだ」
言って、ネズミの胸に濡れた頬をきつく寄せた。心臓の音を確かめるかのように、目を閉じる。
このまま、ネズミの胸に顔を埋めたまま、泣いて眠ってしまいたかった。
涙はもう、この胸でしか落とせない。この腕の中にしか、本当の安息はない。
くるしくなるほどの、想いも。

だのに。
二人の道は、違えようとしている。
今、それを感じている。

「…ぼくは沙布を失って。今また、きみさえも失うのか」
ぼんやりと紫苑が、ネズミの胸で呟いた。
「いや。あんたはおれを失ったりしない。たとえこの先、何があっても」
「ネズミ…?」
紫苑が顔を上げて、ネズミを見る。
「この世界のどこにいても、魂は、いつもあんたの傍らに在る。おれはいつだって、あんたのものだ。出会ってから再会するまでの4年。あんたのことを考えなかった日は一日もなかった。これからも、そうだ」
「ぼくも。この4年、いつも、片時も、きみのことを考えなかったことはなかった。きっと今も、別れた瞬間から、きみに会いたくて、焦がれ続ける」
「…紫苑」
「きみがそばにいない日々なんて、もう考えられない」
見つめてくる赤い星のような瞳に、濃灰色の瞳が静かに伏せられる。
愛の告白のように、紫苑は言った。
「ずっと一緒にいたい」
「それはだめだ」
「どうして…!」
懸命に言い募る紫苑に、ネズミは瞳を開けると、肩を竦めて笑ってみせた。
「あんたが、おれに骨抜きにされてしまう」
「……えっ?」
唐突な語句に、紫苑の瞳が丸くなる。思わず声が裏返った。
「そ、それどういう意味…」
「困るだろう、あんたも」
ずいっと接近されて、紫苑がなぜか、ぎょっとなる。焦ってしまう。
「べ、べつに困らないけど、ぼくは、えっと…!」
「おれは困る。これ以上あんたに惚れられては、イヴのファンの女と気軽に寝られなくなる。あんた、妬くとおっかなそうだからな」
「ば…」
紫苑の顔が、ぱあっと耳まで真っ赤になった。
反論しようにも何と言ったらいいのかわからない。口をぱくぱくさせる紫苑に、ネズミがおかしそうに声を上げて笑い出した。
「ネズミ…! 笑い過ぎだ。こんな時にからかうなんてひどいじゃないか…!」
「あぁ、悪い」
むくれる紫苑の顔が可愛いくて、ますます笑いが止まらなくなる。
そんな二人の横顔を、沈んでいく夕日が赤く照らし出した。
今日、最後のかがやき。
長かった一日が、ついに終わる。
明日からは、太陽の光も、きっと違って見えるのだろう。
NO.6にも西ブロックにも、同じ朝が訪れるのだ。
「あんたには、NO.6だった場所に戻ってやるべきことがある。おれはおれで、やるべきことがある。おれたちは所詮、同じようには生きられない」
山々の向こうに沈んでいく夕日を見つめ、静かにネズミが言った。
「壁は無くなったのに?」
「壁の内と外では、人も生き方もモラルも違う。そんなにすぐにうまく行く筈はない。しばらくは混乱と混沌が続くだろう。その調整役には、あんたのように両方の世界を知ったものが適任だ。あんたもそれを望んでるんだろう?」
確かにそうだ。そう願っていた。
ネズミの言葉に、紫苑が頷く。
「きみは、西ブロックに戻るのか?」
「おれは森の民だ。風に誘われるまま、自由に生きるさ」
紫苑の問いに、さらりとネズミが答えた。
これもまた、偽りのない答え。
「あんたは、誇りを持って、自分の仕事に専念すればいい」
「ネズミ…」
「その頬に、風がそよぐ日も凪ぐ日もあるだろう」
「もしも嵐がきたら?」
「そうだな。そんな夜は、窓を開けておくといい」
「風が、ぼくのもとに吹き込んでくるように?」
ああと肯き、ネズミが微笑む。

そうして、別離の時は訪れた。

ネズミが紫苑の傍らから、ゆっくりと立ち去る。
幕が下りた後の舞台から去るように、風のように優雅な足取りで。
ネズミのぬくもりが離れた途端、夕闇の寒さが紫苑の痩せた体を冷やした。
「ネズミ…!」
堪らず振り返り、耐え切れずに呼んだ。ネズミが振り返る。
だけど、もう何も言えない。
これ以上。引きとめる言葉もない。
どうしていいか、わからない。
別れのつらさに、ただただこぼれおちる涙をこらえようと、紫苑がきつく目を閉じ、唇を噛みしめる。
泣き顔は見せたくないと思った。
だけども、笑えるほど強くもない。
かなしみにじっと耐えて震える細い顎に、ふいに力強い指が掛けられた。
はっと瞳を見開くなり、赤い双眸に、濃灰色のやさしい瞳が映り込む。

「……っ」

口づけは、一瞬だった。
誓いのように、たった一度。
だけども、紫苑にぬくもりを与え、勇気づけるには充分だった。

言葉ではどうにも足りないと、ネズミの瞳が見つめてくる。
初めて見る、ネズミの包み込むようなやさしい瞳。
寒さに凍える紫苑の胸に、あたたかな火が灯るようだった。



「あんたなら、大丈夫だ。必ず、成し遂げられる」
「もし成し遂げたら。そのときは、きみと行くことを赦してくれるか」
「わかった。必ず迎えに来よう」
「約束だ。絶対に」
「ああ。おれは、一度交わした約束を違えたりしない」



―――再会を、必ず―――


それは、二人の、未来に繋がる、まさしく誓いの言葉だった。

















「夢のように僕たちは」


夢のように僕たちは
生きてきて ここへ来た
時間も涙も苦しみも みんな
遠く霞がかかった辺りに
おいてきた



歩いてきたのに
まだ歩くみたいだ
きっとずっと同じかもしれない

同じかもしれないね



時間なんかおいてこれるはずないじゃないか
涙だって
苦しみなんかもっとさ



夢のように僕たちは悲しくて
夢のように僕たちはうちふるえて
夢のように僕たちはひとりぼっちです



(詩:銀色夏生)


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